5月4日、台湾の松山空港を離陸したトランスアジア航空235便が離陸直後に墜落しました。
1日後の現在分かっている情報から、事故の様子を解説します。
航空機の事故については、一般の方がその内容についてわかりにくい部分もあるためにエンターテイメント性のある物語や美談として語られることも多く、今回の墜落事故についてもすでにそのような話がされているのですが、詳しく見ていくとそうではないように考えられます。
現在わかっていること
トランスアジア航空235便
機種 ATR-72
乗客54名 乗員4名
台北松山空港発 金門空港行き
離陸直後に左エンジン故障
緊急事態を宣言
飛行経路、速度、高度(図1、図2)
墜落直前の画像(写真)
墜落までの航跡
まずはこの図1を見ていきましょう。
青い線が高度で赤い線が速度です。
このデータ(高度、速度、時刻)が正確なものとして解説していきます。
3時52分あたりで高度が上がりだしていることから離陸上昇を開始していることがわかります。その時の最大速度は120ノット程度となっており、プロペラ機のためジェット機よりは低速ですがこの飛行機が飛行のためには最低でも120ノット程度の速度を必要とする機体であることがわかります。
上昇後120ノットになった以降速度が落ちていることから、この時点でエンジンに異常が出たことがわかります。エンジンが2つ以上ある飛行機は1つのエンジンが止まった状態でも速度を保って上昇できるように設計されているのですが、この事故では速度が落ち続けていますのでもしかしたらこの時点でエンジン2つが止まっていたのかもしれません。あるいは、エンジンが片方動いていたものの、両方のエンジンが動いている時の上昇率で上昇したために速度が落ちていったのかもしれません。
ここで、物理で習う力学的エネルギー保存の法則を思い出してください。
総エネルギー=位置エネルギー+運動エネルギー
全てのエンジンが停止した飛行機の高度と速度はこの法則に従って変化します。そして実際にはこれに風の抵抗などがあるために時間とともに少しずつ総エネルギーが減っていくことになります。
3時53分10秒では高度が一定となっていますが速度は増えていません。従ってこの時点では両方のエンジンの出力がなかったということがわかります。そして、この直後の53分20秒に高度が大きく下がり出し、同時に速度も一度下がっています。エネルギー保存則では高度(位置エネルギー)が小さくなれば速度(運動エネルギー)が増えるのですがここではそれとは違う動きをしています。この変化はストール(失速)の状態になったと考えられます。飛行機は失速するとコントロールを失い機首が大きくさがります。また、空気抵抗の大きい状態となりますので通常よりも大きくエネルギーを失います。すぐに速度が上昇していることから失速からは回復したようですが、その後は失速ぎりぎりの速度を維持しつつも墜落まで高度が落ち続けています。
次に図2を見てください。この地図には見えにくいですが黄色い線で事故機の通ったルートが示されています。
離陸後に事故機は右のほうへ向かっています。無線でエンジン故障の報告があったということから、パイロットは空港へ引き返そうとしたのではないかと考えられます。この松山空港では北側に山が多くあるために空港の周りを飛ぶ場周経路は南側と決められており、それに従って右に旋回しようとしたのかもしれません。その後は左、右と蛇行しています。
蛇行するために機体を傾けると、翼が生む上向けの力(揚力)が斜め上方向になるため失速しやすくなります。また、進行方向を変えることがその分エネルギーを消費することになりますのでこのような低空でエンジンが止まったような状態ではやるべきではありません。
飛行機は速度がゆっくりになるほど必要なコントロール量が大きくなり、機種によってはフラフラと傾きやすくなるため、蛇行したのは十分なコントロールが出来なかったからではないでしょうか。
飛行ルートを見ると川に沿って飛んでいるようにも見えますが、それは地図を真上から見ているからで、実際のコックピットからは水平より少し下あたりまでしか見えません。川に着水を試みるのであれば、川に沿った延長直線上を飛ばなければならないのですがそうではないようです。
パイロットが意図して川に機体を持っていったのか?
写真を見てください。
これは事故機が川に落ちる直前の連続写真なのですが、1枚目から2枚目にかけて機体の傾きが大きくなっています。また、機体の正面方向ではなく斜め方向にスライドして移動していることがわかります。これはターニングストールというもので、傾きながら失速を起こしてコントロール出来なくなっている状態です。
ターニングストールからスピンに入る動画です。写真の状況と同じような動きになっていることがわかると思います。
このタイミングはそれまでどうにか速度を維持してがんばってきたがついに耐えられなくなった状態で、これを意図して起こすことはまず無理です。失速の訓練では、もうすぐ失速するぞするぞ….と失速が起きるのを待ちます。意図してこう操作したらその瞬間に失速が起きるというものではないのです。失速ぎりぎりとはいえ時速150キロくらいは出ており、機体1つがちょうど入るくらいしか幅のない川を狙ってタイミングよく失速を起こすのは現実的ではないことがわかっていただけると思います。従って、事故機が川に落ちたのはパイロットがそこに持っていったからではなく偶然そうなったからだと考えられます。
また、あのように機体を傾けて落とすようなやり方は訓練でもまず行いません。まず、上で述べたように落とすべきポイントが下方になるため見えません。また、胴体を横からぶつけるようなやり方は余計に被害が大きくなるように思います。基本的には水平でまっすぐに地面に着き横転させないことが望ましいのではないでしょうか。
ビルにつっこむのを避けたという話もありますが、墜落直前にはコントロール不能な状態にあったことからやはり結果的にそうなったと言えるでしょう。もしコントロールできていたのだとしたら蛇行はせず、川に沿った進路で着水をしていたでしょう。
この事故の最大のポイントはどこか?
この事故の原因はエンジンの停止にあったことは確かなのですが、最大の問題点はエンジンが2つほぼ同時に停止したという点です。エンジンや燃料系統のシステムは2つ以上設けられており、1つの不具合で2つのエンジンが止まるようなことは通常ありません。ニューヨークのハドソン川にエアバス機が不時着した件では鳥の大群に飛行機がつっこんでおり両方のエンジンにそれぞれ鳥がつっこみました。つまり、2つのエンジンの故障が同時に起こったと言えます。しかし今回の事故についてはいまのところ1つの不具合しかわかっていません。加えて何かの機械的不具合が起きたのか、あるいは最初の不具合に対して誤った対応をした人為的ミスなのかもしれません。
フライトデータがすでに回収されたようですので、今後事故の様子は詳しくわかってくると思います。同じ事故を繰り返さないためにも原因の究明と改善を望みます。